富山大学名誉教授
日本ゴマ食文化研究会会長
国連FAO世界ゴマ開発会議日本委員
著書「ゴマの来た道」など多数
小林 貞作
ゴマは栄養にすぐれ、体によい魅力的な食品として、古代農耕文明以来栽培され、世界のゴマ食文化圏で大いに利用されてきた。とくに「開けゴマ」(オープンセサミ)のアラビアをはじめ、中国や日本では、それぞれゴマやゴマ油を使った独特な料理が生まれた。ゴマ伝播(でんぱ)の遅れたアメリカでも、「セサミストリート」が生まれたほど洋食にマッチした新しい利用形態でゴマ食文化がはじまった。
それは、ゴマのもつ高品質な植物油、たんぱく質のほか、ビタミン・ミネラル・抗酸化物質など、栄養と健康上の有効成分が再認識されたからである。
昭和20年終戦直後のひどい空腹時代、一人一日あたり約1500キロ・カロリーに始まって、高度経済成長の40年代では2000キロ・カロリーを容易に突破し、そして飽食時代といわれる現在では、欧米の3000キロ・カロリーに迫るようになった。
ところがここで、問題が起こった。食生活の内容が欧米型に近づくにつれ、欧米人が悩んできた肥満・高コレステロール・高血圧・糖尿病・がんなどの成人病が、日本人に多発するようになり、その死亡率は年々増加している事実である。さらに十歳代の子供たちに、すでに成人病疾患が現れているということである。実はここに、長寿健康の「80歳人生」を手放しで喜べない「落とし穴」があるのだ。
そこで当然ながら、飽食時代の栄養バランスの見直しが始まった。厚生省が毎年発表している「国民栄養調査」からわかるように、その顕著な変化として、肉卵類、乳・乳製品など動物性たんぱく質と飽和脂肪酸の油脂のとり過ぎがある。一方、中・高齢者健康に強く望まれる不飽和脂肪酸(リノール酸など)を多く含む良質な植物性油脂の摂取には、不足が目立つ。すなわち、ここ20年で、魚介類を除く前記の動物性食品の摂取量は、約4.5倍の急伸に対し、植物性油脂量は、現在一人一日あたり30グラムの約1.3倍に過ぎない。これは欧米の半分にも満たない。
ここで大切なことは、むしかえしのようだが、動物性たんぱく質や脂肪のとり過ぎと、植物性油脂量の不足は、医学的に知られているように、成人病の発症率・死亡率と強い相関を示すということである。それで、コメ離れといわれる炭水化物量は、たとえ現状のままとしても、長寿健康への道の「落とし穴」といわれる動物性たんぱく質や脂肪を、もっと低く抑え、それに代わってゴマを、もっと摂取してはどうだろうか。これには、おふくろの味で昔から知られるゴマあえをはじめ、ゴマ油での野菜や青身魚のテンプラ料理などで、バランスのとれた食生活の軌道に乗せることが大切だ。